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法務省が立ち上げた家族法研究会へ意見書を提出しました。

意 見 書

 令和2年6月15日

〒666-0017

兵庫県川西市火打2丁目16番23号

一般財団法人 国際福祉人権研究財団

代表理事 雨谷康弘

(080-3767-2123)

〒103-0025

東京都中央区日本橋茅場町3丁目9番10号

公益社団法人 商事法務研究会 家族法研究会 御中

(研究調査部 03-5614-5633)

前書

代表理事であり意見者である雨谷康弘は,心理カウンセラーとグリーフケアアドバイザーの講習を修了した有資格者である。また子どもの福祉に関わるセミナーに積極的に参加し,様々に情報収集と意見交換を重ねている。そこで,子どもの発達,虐待や体罰,障害,トラウマ,片親疎外,そして親子不分離の原則と,親子再統合(親和構築)の有効性ついて専門性を有している立場にあることを踏まえ,親権と監護権及び子の監護請求(適正措置請求,妨害排除請求)権と共に考察し,子の最善の利益に資する実務運用の重要かつ必要な合理的理由につき意見する。

(子の請求権と親の代理権)

意見の趣旨

1,子の請求権につき,非親権者親(親密な直系血族)に子の代理権を設けるべきか否か意見する。

2,子の請求権につき,自己決定(意見表明)の評価基準を15才として設けるべきか否か意見する。

意見の事由

1,子の代理権は非親権者親(以下非親権者)に設けるべきか否かの検討

ア,最高裁二小決昭和59年7月6日(家月27巻5号35頁),最高裁一小決平成12年5月1日(民集54巻5号1607頁))を経て,平成24年4月1日に民法766条が改正され,非親権者(非身上監護親)にも子の監護の一内容として監護の権利が根拠を有することになった。

横浜家審平成8年4月30日(家月49巻3号75頁)「子の福祉という見地からは,父母のうち監護教育を担当しない親(以下「非親権者親」という。)も,可能な限り親権者親による未成熟子の監護教育に協力することが重要であり,このため,非親権者親と未成熟子が接触・交流の機会を持つことが望まれることから,民法上明文の規定はないけれども,子の監護に関する処分の一環として離婚後の非親権者親による未成熟子との面会交流が肯定されている。」

このように非親権者(非身上監護者)について子に対する監護の行使が認められている。つまり離婚後の親が子を監護する権利者であることは否定されない。そこで子どもの利益(権利)は子ども自身が確保するものであるが,親権に包括されるものか否か子に有する権利によって分かれるものと解されることから,監護の権利者が,子の請求権につき,どのような代理権を行使すべきか検討すべきである。

平成30年3月15日最高裁第一小法廷判決(平成29年(受)第2015号)

「子を監護する父母の一方により国境を越えて日本への連れ去りをされた子が,当該連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合,当該意思決定は,自身が将来いずれの国を本拠として生活していくのかという問題と関わる」

山口厚判事は,このように基本的平等を照らして偏りを明示した。つまり子は,連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合,自身が将来いずれの地域を本拠として生活していくのかという問題が生じるのと同様に,自身が将来いずれの能力を主体として生活していくのかという問題が生じる。子は能力を育むにあたり両性から平等に習得しうる一方が欠ければ,子は選択の余地なく偏る。そもそも人によって考え方が違うのであるから,夫婦の考え方が違うという理由で,自分の考えで育てたいという意思の強さから監護権に固執して,相手親から隔離するために私力で連れ去るということ多くあるが,それは支配の側面を強く照らすものであって,子に依存が生じるというものである。

本来,子が自分の思想,良心,宗教,道徳,哲学,趣味など様々な能力を構築することは,言葉の読み書きが困難な幼少期から子は,父と母と,その両方から習得する。スポーツや音楽などに限らず,能力とは幼少のなるべく早い時期から感性を育むことによって,成人となる前後の時期に大きな成果がみられるものである。集団生活において社会的に習得していくものについては,学校などに参加してからであろう。単独親権化で子らに安定した生活基盤がある様にみえても,子には不平等が生じている環境下である事は否めず,私力の行使で親が子を連れ去る場合,夫婦は共同親権中であることが多く,一方の親権が妨害されている,或いは子が自由に人格を形成するための適正な監護を求める権利や非親権者(非身上監護者)に対して子の健全な発達を求め愛育,成育を求める権利が妨害されているというものである。

つまり親と子の身分上で形成する思想や良心,宗教観などは,父子関係で習得するものもあれば,母子関係で習得するものもあって,それは子にとって父子関係と母子関係から個別に教育を受ける権利であり制限されるものではない。子は,その不平等を知らずとも,偏りを自然に修正しようと不自由から解放を求めるが,それは子と親の自然の権利であり,偏りを無くす自然治癒能力或いは動物的本能である。身上監護者の教育に違和を覚えた時,救済を求めることは自然のことであるから,非身上監護者も監督保護者として,その役割が子から求められるものである。親から受ける成育や愛育も原理習得は全て一教育であって,子らの能力に応じて父子関係と母子関係と個別に受ける教育は,プライバシーとして基本的平等でなければならず,子の(利益)権利を最優先に保障しなければならない。

面接交渉と強制執行/釜元修裁判官及び沼田幸雄裁判官(判例タイムズ 1087号42頁)

「面接交渉の審判によって債務者が負うべき義務は,単に債権者と未成年者とを面接させれば足りるというものではなく・・未成年者を包括的な身上監護の義務者として十分にケアし・・積極的に非監護親との交流を確保するべき義務なのであって・・」

このように親権とは子どもの利益(権利)を保護すべき権利と義務に基づき,民法820条はフレンドリーペアレントルール(寛容性の原則)に基づくものとして規定がなされていると解されることは否定されない。

つまり親と子の自然権を照らせば,国内法において離婚後,親権を獲得しうる権利者は単独であるから,自然に有する親子再統合(親和構築実現)につき非親権者と子との自然に有する債務(責務)が単独に有する決定がなされるといえる。そこで非親権者は子の養育に関わる債務(責務)として養育費や面会交流など債務として給付の特定がなされないとしても,別途,調停などによって取り決めなければならない制度となっている。つまり協議離婚などにより別途取り決めを行わない両親の場合,一方に限定して単独に親権者が決定した時点で非親権者は共同親権中に有した債務(責務)が免責され,拒否がまかり通るというものである。

 では別途,それらの取り決めにおいて,争いが増加しているが,子の利益に資する離婚制度を考察すれば,そもそも離婚届に問題がある。離婚届に面会交流と養育費のチェック欄があるが,子を有する親の受理基準と子の有しない親の受理基準が同じである。子に対しても人格権を認めるべきであるから,受理基準が同じであってはならない。

国内法では監護権と親権は分け,調停前置主義に基づき,共同親権中に別居した際,監護者を先に決定することが一般的である。子の監護者を指定する場合の監護権は,基本的には身上監護権に限られる。そこで別居親は面会交流という養育,愛育に関わる子と親の自然権保障を争うことになる。これは別居親の面接交渉権から監護の一内容に関わる権利として認められているが