厚生労働省、法務省、内閣府、裁判所に陳情。

February 5, 2019

陳情書

平成31年2月4日

 

陳情の主旨

 

     親権の衡量に惑わされず,自由心証主義は事実認定権に基づき独立するものとして,より子どもの権利を尊重すべき運用の改善を求める。

 

陳情の事由

 

    陳情の主旨

 親権の衡量に惑わされず,自由心証主義は事実認定権に基づき独立するものとして,より子どもの権利を尊重すべき運用の改善を求める。

 

 陳情の事由

 親権は「支配」ではなく「義務」である。 日本国憲法第11条にて子どもの基本的人権の享有について規定し,第12条では子どもの自由権及び人権を保持する義務,13条の幸福追求権から子どもの生命・身体の自由の保障,憲法25条の子どもの生存権における健康で文化的な最低限度の生活の保障,憲法26条の能力に応じて,父性原則,母性原則など子どものひとしく教育を受ける権利を保障するとして人権保障の基本原則を定めている。

 

 つまり子ども達が身体を拘束された下で,あらゆる人権の享有を否定されている事は日本国憲法第18条奴隷的拘束を照らせば,他方親の同意なく子を連れ出して別居した実質支配者と子どもの別居とを容認し,特段の事由無く分離を容認する審判や判決を行う事は違憲といえる。

 

 平成29(受)2015最高裁判所第一小法廷,平成30年3月15日山口厚判事様によって判断して頂いた内容を鑑みれば(1)子が意思決定に必要な多面的・客観的な情報を十分に得ているか(2)連れ去った親が不当な心理的影響を及ぼしていないか,などを検討して判断すべきだと指摘し,父と十分に意思疎通する機会がなかったことなどから,子どもは「拘束」されていると判断して頂けている。

 

 他方親の同意なく子を連れ出して別居する事はAbductionやkidnappingという言葉以外諸外国では存在せず有罪である。別居はSeparatelyであるが,子を連れて別居する事とは同一に解釈していない。なぜなら子どもは親の1部や所有物ではなく,別個の権利を持つ人間だからである。 子どもには実親とvisitationやcontactを自由に行う権利が認められるべきであるが,子を連れて別居を強行し,一方的に子どもの権利を制限して,意思決定に必要な多面的・客観的な情報を十分に得ていない状況は拘束と言える。刑法によれば公訴時効が,面会交流が実現してもなお継続するものと思料される。

 

 児童の権利条約9条1項[締約国は児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。3項[締約国は児童の最善の利益に反する場合を除くほか父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重するとしており,児童福祉法は児童の権利条約にのっとって解する前提としている。

 

 民法766条を含めて鑑みれば,そもそも親子不分離の原則や親子の自然権は否定されるものではなく,電話やテレビ電話,ビデオチャット,ビデオリンクなどでの子どもが実親にinterviewする権利さえ認めない事を鑑みれば,子ども達が権利の侵害を受けていないとは,到底言えない。しかし面会交流調停や離婚訴訟で,親の面接権だけ認め,子どもの交流権を認めない審判や判決が良く行われており,是正すべき運用といえる。

 

 ドイツの単独親権違憲訴訟では単独親権制度についてドイツ連邦憲法裁判所は1982年に違憲判決を下している。その根拠は基本法(憲法)6条2項の「子供の保護及び教育は,親の自然の権利であり,先ずもって親に課せられた義務である。」という規定に反するとした。親権が子を支配する側面として強くあってはならないという事が,良く見られた結果である。つまり37年前に親権の衡量に惑わされず,よりも子どもの権利を尊重すべきという人権感覚が備わったといえる。その37年後の現代において,日本であっても,子どもの権利を尊重すべき人権感覚は否定されるものではないはずである。

 

 平成21年7月8日横浜地方裁判所 家月63・3-95の判例を引用するが 原告は,幼少の年代における長女と交流することにより得られたはずの親としての心理的な満足を得る機会を失い,また,今後も当面は長女と面会して同様の心理的な満足を得ることができない状態となり,我が子に会いたいという思いを日々募らせているものと察することができる。このような損失及び心情を考慮すると,原告の被った精神的な損害は軽微なものとはいえない。

(中略) 被告が本件合意に係る面接交渉を拒絶した行為は,原告の面接交渉権の侵害として不法行為を構成する。 このように,子どもの権利侵害について不法行為を認定している。

 

 つまり司法や行政は,相手方の不法行為に同調したり,助長したり,容認する運用は正しいとは言えない。家庭裁判所は,特に子どもを不法行為から守る為の運用がなされて当然の司法機関と言える。

 

 つまり,子どもの福祉と利益について親権者が保有する者ではない。子ども自身が,自身の福祉と利益を確保する権利を有するのであって,親権者は,その子どもの権利を保護する義務がある保護者である。 様々な状況を鑑みて,共同に親権を有する場合であっても,子どもの福祉と利益が親権の衡量で害される事が無いよう,子どもの人権を保護すべく運用は見直されなければならない。

 

 つまり子どもの両親は共同に子どもの権利の保護者であり,共同に保護する義務がある。共同親権中においての監護者と非監護者の違いは,監護者が保護者として責任を有するのであって,支配権や懲戒権が尊重されるなどあってはならない。 児童福祉法改正後,子どもの人権は社会から守られるものとされており,行政のみならず,司法も立法も児童福祉法に適した運用を行う義務を有する。

 

 つまり司法であっても,子どもが有する権利を侵害できる独立した権利などない。これらをよく研究すれば,児童虐待が増加している現代において,子どもの権利を擁護する為の制度を義務化すべきは重要であろう。その為には子どもの手続き代理人が義務化されるべきであって,調査官調査で調査官は,子どもの意思確認の義務化も必要である。

 

 当然,子どもの手続き代理人の申立について,調査官から子どもは丁寧な説明を何度も受ける権利が侵害されるべきではない。 東京都目黒区の結愛ちゃんも千葉県野田市の心愛ちゃんも,結果育てていた両親が逮捕されている。見て見ぬふりは助けなかった保護責任として問われているからである。児童虐待が増加している社会状況の中,未だ虐待抑止を続ける保護責任者を夫婦の紛争を高葛藤にしているという理由から面前虐待の加害者とする児童相談所の運用があり,刑法からの観点からも当然改善すべきであろう。保護責任者を加害者とすれば,誰が虐待を止めるのか。明らかに児童相談所の不備が次々と発覚しており,全て親権を強く見る事から発生している事柄として問題視されている。

 

 平成30年(ラ)第488号大阪高等裁判所の決定など現在の拘束者によって噛み付きや引っ掻き行為,殴る蹴るの暴力を子どもが受けており,子を連れ出して別居を強行した後も別居後に子どもが殴られて逃げるほどの心的影響を受けている事が児童相談所の支援記録に記載されているが,司法が親権の衡量に重きを置き,激高されたパワーによる拘束者の「不安」のみを評価して「虐待をするな」というパワーの「質」を見逃し,虐待親への子どもの依存をあたかも親和があるとして,子どもの権利を見ずに体罰や虐待を容認している。自由心証主義での独立した権利が事実認定権に基かず,DVの相談証明と保護命令によって,推認で判断が偏頗になる事は決して褒められたものではない。

 

 体罰や虐待などの影響を受けた子ども達は心理的抑圧からの愛着障害などの症状は発症するなど公表されていているが,子どもの福祉に重きを置いている司法の運用とは言えない。心理専門家が見れば,その状況や親子の交流を見る事で親和性や依存,子どもの意見表明から確認できる事である。調査官は紛争解決の材料を調査する事が専門であって,子どもに心理アセスメントを行って自由意思や意見表明を引き出す専門的知識は持っていない。

 

 世界保健機構で発表されたParental Alienation Syndromeの発症が長期間引き離された子どもは当然思料される事から,恥ずかしさだけではなく,心に発生する不安感など他の子ども達より慎重に配慮すべきであり,改めて自由意思を確認して意見を聞くためにも試行的面会交流は有効であり義務化すべき制度である。

 

 前述した山口厚判事様の判断した内容を引用すれば,「請求者との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず,別居以来,拘束者に大きく依存して生活せざるを得ない状況にある。」と判断して下さっており面会交流の調停や審判の運用,子どもを監護する監護者指定の調停や審判,離婚の調停や訴訟であっても子どもの人権が左右される決定する際の運用は,子どもの人権を公平に「引き離され続けた子どもの依存」を照らし,監護親の心的抑圧を防止し,子どもたちの心的負担を軽減すべき観点からも慎重に実施されるべきである。

 

                             以上

 

 

 

 

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